猫撫「ヌードって一番出るじゃないですか、その人のコンプレックスというか」
後藤「うーん、難しいところですけどね、そこは。人によってコンプレックスが違うから」
猫撫「でも、顎がコンプレックスある人だったら写真でなるべく顎を隠そうとしたりだとかお腹出てるのがすごい恥ずかしいとかでお腹隠そうとしたりとか、そういうのできるじゃないですか?」
後藤「はい」
猫撫「そういうのは私は全くしない」
後藤「ふーん、まあそうっすね。それが哲学なんですもんね。それを(写真)をみて、ここいやだなとか思ったりしないんですか?」
猫撫「相変わらず自分デブやなとか思うんですけど。でも、いい味だしてんなっていう」
後藤「なるほどね。それは撮られてきてからそういう風に思い出したってことですか?」
猫撫「うん」
後藤「へーいいっすね。それを撮られて見て、いい味だしてんなって思える行為って自分の中で完結できるじゃないですか?それを、SNSとかで発信してるのは何故なんですか?」
猫撫「自分が表現したいことを、自分一人で完結することって逆に難しいと思うんですよ。なんか表現したいって思う気持ちの発露自体が、そもそも外に向いてるんものだから、外に出すのは当然な気がするんですよね。もちろん小説とか書いて自分でニチャアって笑って終わりってできるけど、自分が表現したいものができたら誰かに見せたいじゃないですか。私は昔から文章表現はやってきたし、それが当然な流れだったし、見て見たかったんですよね。この私が、表に出た時にどんな反応が返ってくるのか」
後藤「なるほどね」
猫撫「コンプレックスの塊の私が、写真として出て、世の人は何を思うのかっていうのがすごく見て見たかったってのがすごいあります」
後藤「どうですか?今のところ」
猫撫「面白いっすね。いろんな人がいますよ」
後藤「例えば?」
猫撫「やっぱり「うーわきも」ってのも返ってくるし、「デブのオバハンやん」みたいなのも返ってくるし、逆に「あなたで抜きました」みたいなのも」
後藤「すご」
猫撫「両極端やな〜みたいな笑 どっちもあるなみたいな笑」
後藤「あはは笑」
猫撫「もちろん写真だけじゃなくて、Twitterで哲学を発信してるんですけど、それにすごい賛同してくれる方もいっぱいいて。で、ちゃんとした写真界隈の人たちにはすごい受け止められてる印象があります」
後藤「ほう」
猫撫「私が表現したいことをそのまましっかり受け入れてくれはる印象がありますね」
後藤「そうなんだ。例えば、さっきのSNSの反応で言うと「デブやわー」とかネガティブな意見、で、「抜きました」みたいなポジティブ?微妙なんですけど笑 それって自分の身体をエロ目的で見られてるじゃないですか?それに抵抗感とかないんですか?」
猫撫「ないです。女の裸って聞いただけでおってなるじゃないですか。男って」
後藤「まあまあまあまあ」
猫撫「女の裸、見たい!みたいな。=見たいみたいな反応じゃないですか。かつ、ヌードって今までの短い歴史の中で、ヌード写真ってもちろんアートとしてあるけど、それよりも日本でメジャーなのってグラビアとかじゃないですか。袋とじとか」
後藤「完全に僕の業界ですね」
猫撫「あはは笑」
猫撫「日本でメジャーなのってそこだから、イメージとして女の裸はエロいものっていうのが出来上がってるので、そういう反応が来ても普通かなって思います」
後藤「なるほどね。この質問自体がおかしいと思うんですけど」
猫撫「なんでしょう?」
後藤「僕がヌード初めてからずーっと考えてるんですけど、じゃあアートのヌードとエロいヌードの差は何?どう思います。僕は一生ないっていうと思うんですけど」
猫撫「私もないと思います。受け取り方次第だと思うんですよ。落合さんと撮った時に、落合さんが「このヌードは本当にエロくないね」って言ったんですよ。ですけど、確かにエロくないんですよ。結構迫力というかって感じで撮れたんで、私自身も生き方で撮ってもらうって感じで撮ってもらったんで、全然エロくないんですけど、それでも裏垢めっちゃ沸きましたからね」
後藤「へー」
猫撫「裏垢からのフォローがボコボコやってきて」
後藤「裏垢からくるんだ」
猫撫「で、大体そういうのはチェックするんですよ。いいね欄を見たらおちんちんとか裸とかダラーっと並んでて」
後藤「すごいですね笑」
猫撫「こいつはダメだって思って笑 ブロックするってのをやってるんですけど」
後藤「そうなんだ」
猫撫「だから、エロいヌードの差とエロくないヌードの差っていうのはないと思います。見る人によるってだけで」
後藤「なるほどね」